
吉本隆明『ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ』というタイトルに違和感ある人もいるかと。エッセイ集。
「引きこもり」「ひきこもる」「ひきこもれ」というとマイナスなイメージを持たれる人が多いと思う。けれど、読書したり、音楽聴いたり、勉強したり、仕事を持ち、生活する上で必要な時間だったりする。
ひとりの場と大勢の場を行ったり来たり反復横跳び。それをどうやっていくといいのかという話。吉本隆明『ひきこもれ』。
目次
吉本隆明『ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ』(だいわ文庫)
引きこもり。一人の過ごし方、独り遊びから生まれる趣味もある
引きこもり。引きこもって、一人の時間がある方が、楽しむほうが、精神的に幸せではないか。独り遊びから発展していく趣味だってあるはず。過ごし方いろいろ、集中していると、寂しくないものです。
反復横跳びで引きこもりでいる時と、そうでない時を行ったり来たりできるか。一人でい続ける時の思考回路は、大勢でいる時、メンタル面で関わりがあると思う。
できることも、方法もたくさんある。引きこもりだからと言って、何もできない、何もしていないわけではない。
ただし、意味を持たせるには意図的な引きこもりができるかは鍵
「一人でこもって誰とも顔を合わせずに長い時間を過ごす。『分断されない、ひとまとまりの時間』をもつことが必要なのだとぼくは思います。一人でこもって過ごす時間こそが『価値』を生むからです」「『孤独』ということを、どこまで自分の中に呑み込んで、つきつめていけるか。その上で、どこまで風通しよく生きていけるか。それを目指していこう」“思想界の巨人”が普段着のことばで語る、もうひとつの社会とのかかわり方」。
吉本隆明『ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ』、Amazonの商品案内より
吉本隆明『ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ』に書かれていることは、いわゆるマイナスイメージこってこてな引きこもりのことではなくって、自ら手綱をつけて折り合って行った上での、ひとりの時間=引きこもりということだろう。
意図的な引きこもりができるかどうかは、意味を持たせるのに鍵になるでしょう。だらだらと甘えて長期化する引きこもりとは意味が違う。
すぐに質問する人と「意味ある引きこもり」
よく「すぐに質問する人は、その場しのぎはできるが力はつかない」と言うけれど、吉本隆明『ひきこもれ』に書かれていることも同じ感覚だろう。質問したいことを一人で自分で調べて行く時間を確保することで仕事の意味合いも変わって行く。
すぐに質問したときと、意図的に引きこもりになって調べまくったときは時間に差が出る。しかし、くっついてくる材料に差がつく。この差がのちのち意味合いを持ってくることが多い。
次、すぐに質問したくなるような状況になったとき、引きこもりになって調べた際くっついてきた材料がひょいと解決してくれたりする。知っていることをいちいち質問するのも時間の無駄になるのに気づく。仕事の効率を上げる意味では追い込みタイプになるけれど、後で楽できる方がいいことも多い。
吉本隆明さんの本、ほとんど読んでませんが…
吉本隆明の著作、作品として『ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ』がどの位置にあるものなのかわからないけど、この本の印象はそういう感じ。
吉本隆明『ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ』に、違和感ある人もいるだろうけど、自分はおすすめな本だった。
以上、吉本隆明『ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ』【意味ある意図的引きこもり】でした。
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