読書

短編小説「順番違いなんじゃよ」【読書】

 

 

短編小説「順番違いなんじゃよ」

バス停に着くと、ベンチにおじいさんが座っていた。私は、これから吉祥寺に本を買いにいくところ。

「バス、来ないのう」

おじいさんは、口を開く。私に言ったのかどうかあやしい。ただのひとりごとだと思っていたら、おじいさんはもう一度、

「バス、来ないのう」

と、言った。

声のするほうを向くと、おじいさんは杖を両手で抱え込んでいた。私と眼が合う。どうしようどうしようと、回りを見ても、バスを待っていたのは、おじいさんと私だけであった。

逃げ道なし。弱ったな……。

母方のおじいちゃんは自慢屋だ。

若い頃はこんなだった、あんなことでとっても苦労した、努力努力努力の連続だった、そんな話を繰り返し聞かされてきた。たくさん話したとしても、そのあとでこちらの話を聞いてくれるのであればいい。残念ながら母方のおじいちゃんの話は、一方通行なのだった。

だから、おじいちゃんぽい人と話すことになると、私は対応そっけなく、避けるように過ごしてしまう。相手は母方のおじいちゃんではないのはわかっている。しかし、受け入れてもらえなかったという感覚は根深い。

話を聞いておける場所は、無限じゃないんだ。有限なんだ。だから、話を聞いてほしいのなら、少しはこっちの場所もあけてほしいんだ。

「ねっ、バス、どうしちゃったのかねぇ、20分くらい待ってるんだけど来ないんだよねぇ」

おじいさんが言った。

めんどくさいな。

 

スポンサーリンク




ああ、でも、今日バスが来ない理由はこれだ。

「今日、不発弾の処理するって話聞いたんですけど、その影響で遅れてるんじゃないですかね」

おじいさんの顔を見て言うと、どんどん話をたたみかけられそうな気がしたので、杖に向かって私は言った。

「ほう、今日じゃったのか。そうか、それじゃあしかたがないね。窓ガラスふっとんじゃったバスがのろのろ来られても困るからね」

そう言うと、おじいさんは、杖をベンチに立てかけた。

返事を返そうと、話の流れでのろのろやってくるバスを思い浮かべたものの、なんだか戦争の話に結びつきそうな気がした。目の前に座っているおじいさんが戦争に行かれたのかわからないけど……。

私は、すぐに返事ができず、頭の中がもやもやしてきた。

そして、頓珍漢な質問。

「おじいさん、その杖っていくらくらいするんですか」

しまった! 話題外れてる! バス早く来るといいですねぇ、とか言えって。もう、どうして選ばないのか安全策。

「えっ? 杖かい。これはね、20万だったなあ」

おじいさんは杖を見ながら、そう言った。

「にじゅうまんですか! 檜か何かでできてるとか、振ると花が咲くとか……、いつでもホームラン打てるとか……」

高齢化社会にも、貧富の差はびこる。

「あはははっ、兄ちゃん、すまん冗談じゃよ。通販、通販。こいつは5980円」

通販で杖を買う時代なんですか、おじいさん。

それから10分経っても、バスは来なかった。

その間、杖は持たなくっても本当は歩けるんだけど、ばあさんに持てと言われて持ってるんじゃあ、まったく。と、おじいさんの話は愚痴モードになってきた。その話の方向、よくない。

私は、早くここから逃れたいと思い、何度もバスの来る方向を見ていた。うまく距離感をつかめないもどかしさからの解放を……。

「君はいくつになるんじゃ?」

と、おじいさんに聞かれた。

 

スポンサーリンク




「27になります」

「ほう、27か。じゃあ、昨日テレビに出てた子と同い年だな」

誰だろう。27歳の男なんて、テレビに毎日出てるのに。

「不思議なことを言ってたんじゃよ、その子」

「不思議なこと?」

まさか、壷とか売らないだろうな、このおじいさん。バス停で待っちゃうよ商法とか……、いやいやまさか。

「そう。不思議なことを言ってたんじゃ」

不思議なことねぇ……。

「その子はな、自分探しが、自分探しがって、何度も言ったんじゃよ」

バス停で待っちゃう自分探し否定商法……。

「ああっ、自分探し。流行語みたいなものですよ」

そう、探してる人多し、自分探し。

「変だと思わんかい?」

「えっ、はあ、変……」

自分探しね、どっか旅に出ちゃったりするんだよね。

「あのねぇ、順番が違うんだと思うんだよ」

「順番、ですか」

「当たって、磨くの順番じゃ」

「はぁ……」

「当たるんじゃ。ぶつかるんでもいいんじゃがな。まあ、石と石をぶつけたら砕けるなあ、そこで光ってるものが見えたら、磨く」

「自分磨きっていうのも、流行語みたいなもんですよ」

「そうなのか。順番が違うなぁ。磨くにしてもなあ、殻に入ったまんまじゃ何もしてないことと一緒じゃよ。割らないと、ひび入れないと。人の考えなんてな、ほおっておいたら固まるようにできでるんじゃから」

「磨くものは殻の中にあるということですか」

「そうじゃよ。殻を磨いててもなあ、自分が傷つかないように温めてるだけじゃないか」

卵は割らないと食べられないってことなのかな。温めるとゆでたまごになるけど、これも割らないと食べられない。テーブルの角にぶつけないと、もしくはおでこに……。って、違うか。

おじいさんは杖を掴んで、言った。

「当たったり、ぶつかったり、磨いたりしている間にな、わしは自分なんてものは探せてるって思うんじゃよ。いちいち口に出す必要はない」

バスが手前の信号で止まっていた。どこも壊れていない、いつもの吉祥寺行き。

おじいさんも立ち上がって、信号が変わるのを待っているようだった。

「何かにぶつかったり、当たったりしないとなあ、人間なにも発見できないようにできてるんじゃろな。学んでも、学びっぱなしにしないで、表現しないといけないんじゃ」

そう言うとおじいさんは、杖の真ん中を右手で持ち、ゆっくり歩きだしていた。

「おじいさん、バス!」

私は、呼び止めようと声をかけた。

「乗らないのー?」

聞こえているのかいないのか、おじいさんは角を曲がってゆく。

かなり遅れてきたバスは、いつもよりお客を乗せバス停に止まる。そして、扉が開く。私はバスに乗りつり革を握ると、おじいさんが歩いて行った方向を見た。

おじいさんがいた。杖をついて歩いているように見えた。

無理してたのかもな……。と、思っていると、バスはスピードを上げ坂道を登り始めていた。

「ご近所さんなら、また会うかもな」

 

2010年の8月に書いたものに、手を加えてアップしました。

 

スポンサーリンク




-読書