読書

アウトプットの意味とはインプットした内容を使う予想である

アウトプットの意味とはインプットした内容を使う予想である

 

アウトプットの意味とは、インプットした内容を使う予想である

アウトプットの意味は表現そのもの。ありとあらゆる表現は予想の意味合いからは逃れない。ゆえに、アウトプットの意味は予想である。

 

アウトプットを鍛える練習や方法で大事なのは、インプットしてストックすること。その上で、インプットした内容を使って予想することがアウトプットである。アウトプットとは何か、何ですか? と聞かれたらそう答える。類語や言い換える言葉と言っていい。

 

勉強した英語を話しても、読書した本のことを語っても、仕事の評価をしても、プログラミングに集中しても、学習効果について議論しても、アウトプットあるところには予想がついてくる。

 

(英語を話して通用するかは予想が当たるかであり、本の感想も内容が当たってる部分があるかであり、仕事の評価も学習効果も同様。プログラミングもアウトプットした予想が当たってればシステムが動く)

 

アウトプットしたことのレースが行われ、いつ結果が出るかはそれぞれであるものの。

 

(もちろん、このブログ記事もインプットからのアウトプットであり、予想の範疇を逃れられない。感情は様々で)。

 

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アウトプットが苦手=予想が当たったことがない

アウトプットが苦手=予想が当たったことがない

アウトプットの意味がないと感じる人は、予想が当たったことがないのでは?

 

アウトプットが苦手な人、苦痛、苦しい、つらい、疲れる、できない原因は「予想が外れるのが怖い」から。難しいという苦手意識はそこから。

 

成功事例があると波に乗る人がいるように、予想が当たればアウトプットが怖い感じも薄れていく。苦手意識も消え、うまくいかない感情も減る。克服には予想が当たるようインプットすることは欠かせない。読書するなりなんなり、成功事例を増やしていく。それがアウトプットのトレーニングの一つかと。

 

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「インプット得意のアウトプット苦手」な人も予想が外れるのが怖い

「インプット得意のアウトプット苦手」な人も予想が外れるのが怖い

中には「インプット得意のアウトプット苦手」な人もおられるけど、やっぱりアウトプットして予想が外れるのが怖いからかと。

 

アウトプットが少ない、遅いことは誰でもあるもの。繰り返し予想して当たることがあれば苦手意識も飛ぶ。

 

人間、上手く行ったことを踏襲して行きたくなるもので(別名、癖と言う)、上手くなるとより上手くなる材料をインプットしたくなる。めんどくさいはどこへやら。アウトプットの意味が明確になり、目的、目標もできてモチベーションは維持される。

 

逆に考えれば、アウトプットが得意、生み出すのがうまい人は「予想が当たるのが楽しい」のである。そんな予想の運動である。人に教えること(教育)のうまい人にはそんな部分があるかと。

 

余談だが、うざい人は同じアウトプットを繰り返してる。これもまた、予想の運動だけども……。

 

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インプットしたストックのないところから、表現=アウトプットは困難

インプットしたストックのないところから、表現=アウトプットは困難

アウトプットはインプットしたストックのないところから、表現=アウトプットすることは困難である。

 

表現を選ぶ選択肢を作れない。仕事やビジネスのアイデア、会社での生産性、お金のアイデアもそう。

 

知識の使い方というとビジネス書みたいだけど、知らないことを選択すること=表現=アウトプットすることはできない。時間をかけることができないのである。

 

アウトプットを鍛えたり、練習したりする方法をこなすこともできない。アウトプットの鍛え方はインプットから。アウトプットの鍛え方、習慣化の順番はある。

 

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インプットは暗記ではなく「あっ、そういえば」な、とっかかり記憶作り

インプットは暗記ではなく「あっ、そういえば」な、とっかかり記憶作り

と言っても、読書した本の内容を暗記する必要はなく「あっ、そういえば」という記憶の引っ掛かりをインプットすればいいだけである。思い出すとっかかり作りがインプット。

 

アウトプットしてノート書いたり、メモ取ったり、note書いたり、発信したり、ツイッターにツイートしたりすると記憶が定着しやすかったりするのでそのツールを持っているとなおいいかと(おすすめはscrapbox)。

 

書いたノートを次見る際、ある意味ではインプットしてると言える。

 

インプットとアウトプットの間になるツールがあると、正式な予想の際に具合が良くなること多し。仮説置き場と言いますか。フィードバックする場と言いますか。

 

インプットしてストックを増やす。そして、アウトプットを鍛えたり、練習する方法を作り上げるとき、大切なのは繰り返し表現を見返せる仕組みを作ること。

 

人間、自分の知らないことを使って選択することができる人はそうそういないから、良くする仕組みを作ることでアウトプットが鍛えられたことがわかり、より練習できる。

 

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アウトプットの意味=表現はインプットしてストックするところから

アウトプットの意味=表現はインプットしてストックするところから

表現=アウトプットしていくとき、インプットは大切です。本を読んで読書したり、YouTube見たり、知識を得ていくこと。知った上で選り分けて行く。

 

営業の仕事のある部分を簡単にしようとしたとき、インプットをある程度して知識を得てから合うものを吟味していく。その際、捨てたインプットも違うところで役立つのは良くあること。それは会議のときかもしれないし、趣味の音楽で遊んでる時かもしれない。

 

いずれにしても知らないこと=インプットされてないことは、選択肢に上らないのである。会話をしてても知らないことには反応できないし、会話を膨らませることも、質問もしにくい。楽しくない。

 

ロールプレイングゲームでよく「たたかう にげる まほう どうぐ」と言葉が出てくるけど、インプットして知ってるから候補に上がる。

 

若い時分はインプットされてる知識も足りないだろうから、アウトプットとインプットの比率はインプットの方が多い方が無難。

 

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ネタのストックは大事。インプットしたものがないとアウトプットできない。

ネタのストックは大事。インプットしたものがないとアウトプットできない

ブログの更新数上げててよく思うのは「この話、1000文字くらい書けるだろうネタ」をいかにストックしておくかが大切なんだなと。

 

ネタになる発端があっても、1000文字2000文字と膨らませて行くインプットがすでにないとなかなか記事にするのは困難です。しんどいものです。

 

雑誌や本を読んでたり、日々feedlyで集まってくるブログ記事、聞いた音楽、聞いた話、出くわした出来事、エピソード、逸話、などなど、ブログに書けそうなネタの種類はたくさんある。

 

それらをストックする。インプット。質はいろいろ。

 

文章を書くのは意味のつながりを組み合わせて行くようなものです。その集大成が作品です。

 

意味を繋ぎあわせて行く要素を知らないと、タイミングよくセンス良く繋ぎあわすことはできません。アウトプットを増やす方法と言っても闇雲では身につくのは難しいでしょう。

 

知っていることを組み合わせて表現=アウトプットする

知っていることを組み合わせて表現=アウトプットする

人間、知っていることを組み合わせて表現しています(例える、比喩ができるのは知っていることを使ってるから)。

 

ゆえに、インプットしてストックがないと、どうやってもアウトプット、表現していくことはしんどくなります(インプットに関して意識、無意識があるのではっきりと定着について区別はできないところはあるんですが……脳内の話)。

 

インプットしてストックしたものから、よさげなネタを書いてゆく、アウトプットして表現していくわけですけど、ストックしたネタを補充しないと、カラッカラになってブログを更新することができなくなってしまう。

 

でありますから、ネタをストックする。整理する。

 

インプット、インプット、インプット。

 

アウトプットより、インプット。

 

思うに、これがブログを更新し続けてゆくコツのひとつでしょう。ストレスたまりません。

 

インプットしたものをふるいにかけて、ネタをストックしてゆく

インプットしたものをふるいにかけて、ネタをストックしてゆく

アウトプットを鍛える練習や方法で大事なのがインプットではあるのですが、なんでもかんでも知らないと行けないというわけではありません。

 

「そういえば……」と気付く仕組みが大切なのです。

 

気付けば、本に貼っていた付箋を見返したりすることは簡単です。そういう検索ってけっこうあります。

 

インプットしてストックするのは「組み合わせたら行けるぞという、ネタの断片を手に入れた」ということ。だから、組み合わせる材料が自分にないとストックしようと思えるネタは減ってゆきます(同じインプットを使うことになる)。

 

アウトプットの前にインプットを強固なものにしておかないと、ストックしようと思わなくなる。

 

「ブログに書くネタがない」原因

「ブログに書くネタがない」原因

よく「ブログに書くネタがない」と言ってる人を見かけますが、根底にある要因は「ブログに書けるネタをストックしようと思わない」ところからでしょう。

 

いけそうなネタをポストイットで貼ってますと、ときどき、

 

「あの話はこう進めて、アレを引用して、こう組み合わせる手があって、調べないといけないことはこれだ」

 

と、メモったりすることがある。けっこうわくわくするときだったりします。アイデアが生まれてる瞬間なのでしょう。

 

ストックしていない状態だと、アウトプットしようと思うインプットの派生はなかなか起こることではないでしょう。

 

脳って、ちょいちょい「あのインプットしたネタ、今アウトプットしてることにどう?」って言ってきます。

 

そうなるのは、インプットしてストックしているから。「ちょいと組み合わせてみません?」っていう提案が……くるわけです(しょうもないこともありますけど、それがわかることもネタです)。

 

繰り返し表現を見せる仕組みがあることで、アウトプットは鍛えられていくでしょう。アウトプットされたものをもっと良くする材料を作っているからです。見返せる材料を作る。

 

そういう材料がないと、悪いところを直す材料を見つけにくくなってしまう……。脳の中にばかり置きすぎてるとよくないんですな……。

 

知識は天下の回りものみたいなところがあるからでしょう。

 

知って、インプットして、アウトプットして鍛えて、繰り返し表現して、ぐるぐる回していくのがいいと。経済も回っていないところには回ってこない。

 

回してないところには回って来ない。そして、ええ、そうです、ゆくゆくは、お金が……、いえいえなんでもないです。

 

 【村上】

(アイルランド出身の小説家)ジェイムズ・ジョイスは、「想像力とは、記憶のことである」と言っています。想像力とは何かに誘発されたものではなく、ストックされたものからわき起こってくるものなんです。

 

村上春樹氏「文章を書く、孤独な作業は『1人カキフライ』によく似ている」、古川日出男氏「見事にカキフライの話をされてしまって…」 より

 

以上、アウトプットの意味とは、インプットした内容を使う予想であるでした。

 

 

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