競馬

精神的に辛いし参るし、精神的に不安定が近寄る。競馬予想のみと同時に馬券を買うのは感情的に別

精神的に辛いし参るし、精神的に不安定が近寄る。競馬予想のみと同時に馬券を買うのは感情的に別

 

精神的に辛いし参るし、精神的に不安定。競馬予想と馬券は別物

精神的に辛い、精神的に参る。そして、精神的に不安定が近寄るのは、競馬予想して馬券を買ったとき。

 

競馬予想と馬券は同じように語られがちですが、お金を馬券にして賭けたときにメンタル面がうごめく。オラオラオラーッと。

 

競馬が、馬券がいつまでも結果の出ないものであれば、いつまでもウダウダしていればいいのでしょう。けれど、毎日行われる競馬はそうじゃない。

 

競馬には出走時間が決まっており、それに伴って締め切り時間も細かく設定されてる。

 

JRAにしても地方競馬にしても「賭けなくてはならない」と三大義務のようにしているわけでは全くない。

 

競馬予想だけで終わろうが、競馬予想して馬券を買おうがそれはお客さんの勝手である。

 

競馬で儲けたい。馬券で儲けたい。それは競馬予想しただけでは叶わぬ願望となる。馬券を買わないと、身銭を切らないといけない。

 

精神的に辛い・精神的に参る・精神的不安定は馬券を買うところで深く関わって行く。

 

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精神的に辛いし参るし、不安定。けど「買わない宝くじは当たらない」

精神的に辛いし参るし、不安定。けど「買わない宝くじは当たらない」

馬券を買うのは精神的に辛いし、参るし、精神的に不安定になる。

 

誰が言ったか知らないが「買わない宝くじは当たらない」の文句からすれば、馬券も買わないと、賭けないと当たらない。

 

精神的に辛い。精神的に参る。いやいや、精神的に不安定だろうが、一度賭け金はJRAへ。ようこそ、賭け金ジェイアールエーへ(せめて、ヒカキン・ジェイアールエーにしてくれ←無視)。

 

ゲートインしてスタートしてレースが終わって、結果が出て。

 

テラ銭引かれて75%だの80%だのの中から、馬券の買い目当たればお金は増えて戻ってくる。

 

馬券が当たれば、精神的に辛いって何?

 

精神的に参るってどこにマイルの? NHKマイル? ヴィクトリアマイル?

 

となりにけり、

 

精神的に不安定が真逆の超安定になっていく(そのときの収支によるけど)。

 

(ドヤ顔しまくってると精神的不安定に揺り戻されると思うけど←毒)

 

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競馬予想のみだと精神的に辛い、参る、不安定さは薄くなる

競馬予想のみだと精神的に辛い、参る、不安定さは薄くなる

競馬予想するだけだと、精神的に辛い感じになったり、参る感じになり不安定になって大変にならない。

 

ブログ、ツイッター、note、ネット競馬、ウマニティなどに競馬予想を書いていれば少し精神的に違う部分は出てきますが、お金を失わなくって済むメンタルの軽さはある。

 

馬券を買ってなくて競馬予想しただけな状態でも他人の目に触れている精神的な影響はあるけれど、身銭を切ったのとは違うバイアスがかかってる。

 

競馬予想して馬券を買うときは精神的に辛い・参る感じ、精神的にメンタルが不安定になるのとは差があります。

 

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競馬予想してお金を儲けたい。精神的に辛い、参る、不安定さは増幅

競馬予想してお金を儲けたい。精神的に辛い、参る、不安定さは増幅

精神的に辛い。精神的に参る。精神的に不安定。競馬予想して、儲けたい気持ちから生まれてくる。

 

大事なことは、儲けを出したいお金を増やしたいという気持ちにかかる精神的バイアス。

 

精神的に辛かったり、参りそうになったり、精神的に不安定になる気持ちをどうやって、本命対抗などの記号にまとめるか。そして馬券を買うか。

 

競馬予想の仕方ややり方として、馬券術は多々あるけど、身銭を切って馬券を買い続ける精神的なことについて言及されることはあまりない。

 

個人的な物事に収斂してしまうからだろうか。

 

真似が難しいからだろうか。

 

馬券を買って見てもらえる場所が格段に広くなったことは、イコール承認欲求に結びついてる……。

 

それゆえに、競馬にはアクシデントは多々あることで精神的に気持ちが増幅しやすくなってる気もして……。
 

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精神的に辛いだったり、参る感じだったり、不安定にならない?

精神的に辛いだったり、参る感じだったり、不安定にならない?

精神的に辛い感じだったり、精神的に参る感じだったり、精神的に不安定にならないのは、競馬予想したのみなとき。

 

澤上篤人氏のブログ、長期投資家日記の記事「そんなにノウハウをさらけ出して、いいんですか?」を読んでいましたら、ふと、

 

「予想って、誰でもできるんだよな」

 

と、頭をよぎりまして。

 

楽でいいとまで言うと言い過ぎでしょうけど……。

 

精神的に辛かったり、参る感じにどっぷり浸かったり、不安定が近寄ってしんどくならない予想ってできるんだよなと。

 

誰でも予想はして生きてるもの。

 

選択と行動が伴うもの皆、予想がからんでおります。

 

A地点から、B地点に向かうのも予想して行動してる。それにわざわざ気づかないのは、ほぼ100%当たると身に沁みてるから。

 

無意識というと簡単なのですが、細かく言えばそうなる。

 

それは、精神的に辛い、精神的に参る、精神的に不安定にならないレベルまで無意識化されてて、いくらでも予想して当たるからとも言えるのですが……。

 

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精神的に辛い・参る。精神的不安定にならない、競馬予想のみ

精神的に辛い・参る。精神的不安定にならない、競馬予想のみ

精神的に辛い、参る。精神的に不安定にならないのは競馬予想のみで馬券を買わないときでしょう。

 

利害がからまない予想というのは、予想した人が儲けを(に類すること)したい気持ちにならないところがある。

 

故に、気持ちに「お金を増やしたいが、一度はお金を手放さないといけない」精神的バイアスがそこまでかからないところがあります。

 

結果がどうなるかのドキドキ感は根底にあるけれど……。

 

競馬予想したのみにかかる精神的なものと、競馬予想したときにかかる精神的なものは違う。後者の方が辛いし参るし不安定になる。

 

その差を理解できてるかは結構重要なこと。

 

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馬券で儲ける精神的な不安定さと折り合いたいので予想は売らない

精神的な不安定さと折り合いたいので、自分は予想を売っていません。

 

自分が有料でnoteなどで予想を売らないのは、馬券で儲け続けるための精神的なものが狂いやすいからです。

 

手綱を自らつけて折り合えなくさせるからだったりします(他所様のお金の責任は取れませんので)。

 

競馬に限らず、日常の「あれはこうなる」「これはそうなる」ということは様々な根拠を元に、もしくはただの勘、その場のノリなどなどで「予想」できる。

 

予想を他人に述べるのか、自分の中だけに持っておくのかは別としても、予想はできる。

 

(……次のレースは、4番だ。4番の馬が逃げ切る)

 

「人生生きてて、予想しない人もいないんだよな」

 

とも、頭をよぎりまして。

 

予想が介在すると、物事がどんどんどこどこ楽しくなってきますから。

 

(……ああっ、4番、直線失速。もー、飛ばし過ぎだわさ。テン3ハロンナンボじゃい! まぁしょうがない、逃げ馬の飛ばし過ぎは着順悪くってもチェックですわ)。

 

「ほうら、思った通り」

 

という気持ちがあれば、もう予想して賭けて結果が出たということです。

 

精神的に不安定でも、精神的に辛い、参ることがあっても馬券を買う

精神的に不安定でも、精神的に辛い、参ることがあっても馬券を買う

馬券で儲けようとした場合、精神的な不安定さや辛い感じ、精神的に参ってしまう感じをどこかで自信に変えていく必要がある。

 

それには、知って取捨選択していくことが大事かと。

 

知らない競馬予想のファクターを元に予想はできない。だから、数多ある物事を知ることは大切でありまして。

 

目をつぶってバットを思いっきり振ったらたまたま当たったホームラン。

 

これは、知らないことを知ったふりしたところから来たものでしょう。だから、まぐれは続かないようにできています(デモネ、ソウイウモノ、オイカケテ、シマウノヨネ)。

 

自信は、今回も馬券を買えるし、似たようなことは先々たくさん起こることだからという再現性を掴んでるところに起こります。

 

まぐれというのはそこを無視して当たったということ。

 

さて、予想したことはどこへ繋がってるのだろうか。

 

十中八九、行動に繋がってる。

 

しかし、行動せず予想だけで止めておくことも可能であることがややこしくさせてゆく。

 

精神的に参る・辛い・不安定があっても馬券を買うのか買わないのか

精神的に参る、精神的に辛い。そして不安定さが近寄ってくる。

 

競馬予想して、馬券を買うのか買わないのか。身銭を数分間のレースに投じるのか投じないのか。

 

どちらの立場に立っても結果は出ます。ただし、当たり前だけど、儲けを出せる選択は馬券を買うことしかありません。

 

大事なことは、予想して、結果が出ることにも精神的バイアスはかかるのだけど、馬券を買って儲けを出そうというときにはもっと精神的バイアスがかかるということです。

 

その差はかなり大きい。とてつもなく大きい。だからこそ、知って知って、取捨選択して折り合う必要がある。

 

予想できた。儲けを出すために馬券を買っていい気持ちになるか

予想できた。儲けを出すために馬券を買っていい気持ちになるか

多くの投資家は暴落相場で買おうなんて行動はとれない。

損しそうだ、儲かるかどうかわからないの損得勘定で頭が一杯となり、せっかく学んだ長期投資の実践など、どこかへ置いてきぼりとなってしまう。

 

つまり、ノウハウとやらをさらけ出したところで、なかなか実践できないのが人情である。

とりわけ長期投資においては、なかなか真似できない。

 

澤上篤人の長期投資家日記「そんなにノウハウをさらけ出して、いいんですか?」より

馬券も一緒でございます。

 

予想はできたとしても、馬券を買えるのかどうか、買えたとしていくら買えるのかは別問題になる。

 

うまく行く方法がある程度わかってたとしても。競馬予想することと、予想して馬券を買うことに差が生まれて来る。

 

競馬予想して馬券を買うことは、結果が出るまでに精神的にしんどいところを経過して行く。

 

その辛い感じ、参っちゃいそうな感じ、近づく不安定さをうまいこと手なずけられるのは、誰かではなく自分しかいません。

 

納得して行動できる準備

どんな優秀な競馬予想家、それこそバンバン当てまくる人がいたとしても、納得して行動できる準備を日頃からしてるかどうかで差がつきます。

 

初動の差はついてしまう。

 

冒頭に書いた通り、競馬には必ず締め切り時間がありますから、初動が遅くなってー予想してて気づいて、腑に落ちるまでの時間が遅くなってー馬券が買えず儲け損ねることはある(もちろん、締め切りグッジョブもあるけれど)。

 

予想をして、儲けを出したい精神的バイアスと折り合って馬券を買って、ファンファーレが鳴る。レーススタート。予想そのままにゴールイン。

 

なかなかの穴馬が来て、馬券大当たり。ここまで来たときにそれはそれは自慢したくって、しょうがなくなるのはわかる。

 

馬券を買うことで重要なのは、精神的な辛い参る、不安定との折り合い

馬券を買うことで重要なのは、精神的な辛い参る、不安定との折り合い

精神的に辛い、参る。精神的に不安定とどう折り合って、自信に変えて行くか。馬券を買える・ケンするレースにすることをどう無意識化するか。

 

競馬予想することと、予想して馬券を買うことに関してうまい手綱捌きをするコツ、方法はこれでしょう。

 

自分の懐を開かせる予想ができるかどうかが予想のキモなんですね。どういう予想法に限らず。

 

ただ、ノウハウをノウハウのままやっても懐はなかなか開かないでしょう。開いていいぞと行動にでられるようにはなかなかならない。

 

なぜならば、身銭を切って馬券を買うときには、どうしても儲けを出したい気持ちに精神的バイアスがかかるから。これをどうまとめて、自分のフトコロを開くセールストークをするのか。

 

ノウハウを見つけた人をそれを利用する人には構築時間に差がある

ノウハウを見つけて構築した人の思考の道なり、時間の経過と、ノウハウを知った側の差というのはとてつもなくあるものです。

 

言葉悪く書くと、思考のキモは相手にあるんです(イケルゾと行動に出られる感覚は相手にある)。

 

なのでノウハウを自分のものにしようとすると、一度、要素をばらんばらんにして、自分の中で必要なもの、追いかけるもの、いらないものなどを再構築する必要が出てくる。

 

……この再構築、楽しいんです。とっても(あれっ、そうじゃない?)。

 

だって、ノウハウをノウハウのままやっても楽しくないでしょう?

 

(どこも再構築する部分ないわーって、本もありますけども……ぶつぶつ)。

 

そんな再構築の連続で過ぎてゆく、夏でございます(あっ、春にリライトしてますけども)。

 

自分の予想で自分の懐を開いた話は面白い。馬券でなくても、外食する際の予想と独白で進む『孤独のグルメ』など。

 

以上、精神的に辛いし参るし、精神的に不安定が近寄る。競馬予想するだけと、馬券を買うことはメンタル面で大きく異なる話でした。

 

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